序_復刻にあたり
ずいぶん以前のことになるが、まだインターネットがそれほど普及もしていないころ、自ら開設したWebサイトに、あれこれの文章を書いては載せていた。
ところが、7~8年後くらいだったか、加入していたプロバイダが、Webサイトやブログのサービスを突如廃止してしまったのである。残念ではあったが、これはもう万事休す。それまでUPした総数は恐らく百万字は超えていたと思うがまあ、べつに後世に残すべき立派な文章があるわけでもないから、すっかり消え失せてしまったところでどうと云うこともない、むしろ、あれやこれやの面倒がなくなってすーっとするわ。
その後は、文章書きからも遠ざかってしまったが、昨年、目出度く定年退職を迎え、暇にまかせてパソコンの中をほじくっていたところ(基板やら配線やらの類ではなくて)、かつて書き残した文章の残骸が膨大量保存してあるのを発見。
ほんの少し思ったのは、「なんだかもったいないねえ、べつに後世に残らなくても良いけれど、せめてこれらが多少なりとも、日の目を見るようにはならないかしらん」と。
それで、さっそく無料のブログを開設。ちくちくと復刻作業をはじめた運びである。
とは云え、千数百編の文章群すべての復刻は、さすがに意味もなく時間の無駄であるから、ひとまずは「特選」のみを復刻しようと思う。
Q.特選って、どれくらい?
A.そうね、全体の百分の一とか
Q.その新たなブログで、この先も新たな文章を書き続けたりするのかね?
A.それはないね、疲れるし
Q.ところで「ひぐらし」ってなによ?
A.大昔に書いていたブログのタイトルですね、
つれづれなるままにひぐらしすずりにむかひて的な
事実は小説よりも
世の中は色々な偶然が複雑に交錯しながら進んでいくものなのやねえ、と思う一方で、そりゃ世の中じゃない、自分の周囲だけに存在する奇妙な流れがあって、それがあれこれ変てこな偶然を引き起こしておるのではないかしらん、などと思わなくもない。
先週、伊坂幸太郎さんの小説「砂漠」(新潮文庫)を買って、一昨日の夜遅くに全部を読み終えた。小説の内容は「同じ大学で出会った5人の男女が繰り広げる青春物語」と云う説明で良いだろう。
それで、彼らは卒業までの4年間に様々な体験をするのだけれど、最大の出来事は、5人の中でもっとも快活なムードメーカー的存在である”鳥井青年”が、あるトラブルに巻き込まれ、結果、片腕切断の憂き目に遭うと云う事件。
鳥井青年はその後暫くのあいだ自暴自棄に陥ってしまうのだけれど、仲間に支えれらながらやがてもとの快活さを取り戻し、さらに人間としても大きく成長し……と云った展開で。
まっ、そのあたりの詳細は今日の本題とずれるから、ひとまずとして。
小説を読み終えた翌日、つまり昨日だけれど、会社帰りの電車内で、目の前に立っていた青年にふと目をやれば、なんとまあ、青年の片腕は、なかった!
当然ながら昨夜読み終えたばかりの小説で出会っている鳥井青年と目の前の青年の姿とが、めちゃめちゃに重なって目が眩みそうになった。むむむ。
この手の体験をうっかり、訳知りの人に話したりすると、必ず確率論とかもちだしてきて「そりゃあですね、オタク? 偶然の一致なんて全部数学で説明できるんですよ」など云われるに決まっていて、こちらも「はあそうなんですかねえ」と妙に納得してしまうのがオチだろう。
ただ、上の件にはまだ続きがあって、
昨晩、夕食の後片しを済ませて居間に戻ると、TVで「ベストハウス123」と云う番組をやっておった。でまあなんと、本日のプレゼンは「生まれつき片腕がないと云うハンディを負いながら非常な努力によってヴァイオリンを奏でられるようになった少女」ですと。
番組中ではその少女がじっさいスタジオに登場し、義手をつけた右腕で弓を見事に操りながら素晴らしいヴァイオリン演奏を披露してくださって。むむむ。
結局わずか二日間のあいだに(と云うか24時間以内だ)、小説と、実物と、TV映像と、形態は三様だけれども三人の片腕の人(言葉がよろしくないけれども)に、しかもまったく意図せず出会ったわけで、でもこの偶然って数学で説明できるのかしらん? と。
もしやこの世に神が存在し、これら偶然は神の采配によるものであったとすれば、いったいその神は、すでにしょぼくれ果てた爺に何を啓示なされようとしておられるのか。むむむ、まっ、そこまで小難しく考えることもないけれど。
褒章を賜ると云うこと
毎年春夏には叙勲、褒章の話題がニュースになったりするけれど、やはりTV等の華やかな場で取り上げられるのは、紫綬褒章など受けた芸能人の話題ばかりのようである。ちなみに本年春の紫綬褒章は、都はるみさん、他。あっ、「三丁目の夕日」の西岸良平さんもだ!
勲章と云えば、昔は、一等、二等のように等級がついていて、たとえば、勲一等旭日桐花大綬章だとか。けれどその語感がなんとなく気色悪かったのと、最上位の叙勲者は政治家の名前ばかり矢鱈目立つのが、かなり胡散臭い気がしたものだった。
だいたい勲章も褒章も、世のため人のために精一杯身を粉にして尽力した功績に対し贈られるものだろうから、まあ庶民感情としては、表舞台で華やかな活躍をする人たちよりも、市井の片隅で人知れずご労苦を重ねながら尽力、と云った方々にこそ授与されるのが良いなあと思ったりするわけだ。
前述に少しく関係あるところで、なにかの本にこんなエピソードが載っていたのを思い出した、「小さな町工場のおやじが長年の誠実な仕事ぶりを認められ叙勲の栄誉に輝いたのである。おやじの喜びは大変なものであったが、ただひとつ大いに悩むところがあって、それは”勲章を天皇陛下御自ら下し賜られる際に発せられる御言葉に、かような自分がきちんとお答え申し上げられるであろうか? よしんば狼狽の挙句失礼などあった場合にはきっと腹を切ってお詫びせねばなるまいが”、おやじはそのようなことを真剣に妻と毎日のように話しあって夜も眠れなくなるようであった」
おやじの頭にはTVニュースでよくやっている文化勲章授与式の映像があったのかもしれないが、もちろん天皇陛下から云々と云うのは、政治家連中や有名人の受賞するごとき最高位の勲章に限られているのである。それでも思うに、町工場のおやじが受賞した勲章(うんまあ、全国で数千人くらい受賞する…)の方が、勲一等なんとか大綬章よりもいっそう尊い輝きを発しているのではないかしらん、と。
独身を謳歌する
もしも自分がずっと独身のままであったなら、いまごろはいったいどんな暮らしをしておるのだろう。と云う風なことをあれこれ妄想してみるのだけれども、じき馬鹿馬鹿しくなって止めた。
たしかに50代の独身男とくればもう、お金はざくざくの左団扇であらゆることが好き放題、なんら不自由もなく欲望の限り(下半身あたりもだな)に生きていけるわけで、ただ妻子ある現在の暮らしを思ったときに、それらの贅沢も充たされた欲望も何もすべては野良犬にくれてやるほどちっぽけで下らなくてどーでもよいことに見えてくるのだった。まっ、いまの幸福が続くなら、べつにお金も自由も要らないよってんだ、コノヤロウ(多少負け惜しみもあるような)
そうは云っても、この幸福はいつまで続くものではなくて、子どもらは順に巣立っていくのだし、その後は爺婆二人だけの暮らしが待っているわけだ。やがてはどちらかが先に死んで、その時は否が応でも残された方は独身に戻る。まあそれは「我、裸にて母の胎を出でたり、また裸にてかしこに帰らん(ヨブ記の一節だったかな)」と云った人類永遠の原則なんだけどね。
ただ、もしや婆の方が一足先に旅立っていったとすれば……、いははや、これはまったく酷いものだなとつくづく思う。その時、爺がまだそれほどヨボヨボに老いてないのであれば、冒頭云ったような妄想も思いがけず現実になるのだけれども……はあ、やはりそりゃ駄目だ。絶対にいかん。むむ。
本屋大賞(2010年)を受賞した「天地明察」冲方丁(角川書店)を読んだ。
これは江戸時代に実在した数学者の半生を描いた歴史小説で、数学と聞けば頭が痛くなりそうなところ、物語の縦糸には主人公と、やがて妻となり生涯を添い遂げることになる女性との恋愛編も織り込まれているから、老若男女を問わず結構楽しく読めるのではないかしらん。
それで書評ではないのだから内容はひとまずとして、物語は主人公の半生を描いているので、当然ながら彼の没するところで幕を閉じる。ところがなんと、前述で触れた妻(両人とも一度は別の伴侶を得たが、やがて同じくらいの時期にそれぞれ死別、その後再会した二人が再婚した)も、夫と同じ日に逝去とあったから驚いた。
小説とは云っても、実在の人物を主人公にしているから、これは史実に違いあるまいが、それにしても長く添い遂げたどうしが同じ日に旅立っていけるとは、まったくこれ以上の至福はあるまい。
つれあいのどちらが先に亡くなるかは、おそらく夫が先にと云う方が多数だろう。これは日本人女性の平均寿命が男性よりも7年程度長いことと、夫婦の年齢差は平均で2歳程度男性の方が年上であると云う統計からも納得できる。
けれどほんとうは男も女もそうなることがもっとも望ましいと、遥かな太古より我々の先祖たちが願い続けてきた結果として、女性は寿命が伸び、男性は年下の女性好みになりと云う風に遺伝子(?)が進化したのではないかしらん。
それにしても人間の男と云うのはあらゆる動物の中でも極端にひ弱い生き物だからどうもこうもならない。もしや長年連れ添った妻に先立たれた夫は、その日から三度の食事もままならず衣服をまともに着ることも洗濯も掃除もお風呂も何ひとつ満足にできないわけだし、また精神的にも、つれあいを失った寂寥、寂寞、悲哀、喪失、と云ったあらゆるネガチブ感情から、ほとんど永遠と云ってよい期間抜け出すことができず、と。
嗚呼、まったくもって、男とはなんたる悲しい生き物であることか。
対する女性の方は、夫を亡くしたことによって生じる実害は、経済的には相当かもしれないけれど、その他にあるのは精神的な少しの負担くらい。それも長期に渡り尾を引くものではなく、むしろ長年に渡ってはめられていた”タガ”が外された開放感を彼女らは存分に満喫し以って残りの人生を最高に明るく楽しく元気よく生きていくのではないかとも思うわけだ。(これはとうてい世に開示できない文章になった)
まっ、なにしろ世の妻たちは、この馬鹿馬鹿しいほどにひ弱な夫を最期ばかりは、そのやさしい腕の中で安らかに死なせてやってほしいと切に願う。その代わり夫は妻にその後のバラ色の人生(少し短いけれど)を贈るのだから。逆は? 絶対にいけませんのいけません、まったくお話しになりませんです。
後生畏るべし
新入社員研修のまとめを行なうからとのことで、講師全員に集合の指示である。その中では、新入諸君それぞれが今回の感想なりをのべて、また彼らの1年先輩からは後輩に向けてのアドバイスなどもあった。講師にはべつに出る幕がなかったから、参加しなくても構わなかったと思うけれど、ただ、若い諸君らの発言は大変興味深くて、聞くだけの意義は十分あったと思う。
聞きながらふと思い出したのは、
「子の曰く、後生畏るべし、焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆること無くんば、斯れ亦た畏るるに足らざるのみ」
論語だけれども、前段の意は、まさに今回の諸君のごとしで、つまり、自分より後から生まれた者だからと云って侮ってはいけない。いったい彼らが今の自分らほどになれないなどと、どうして云えるのであるか、と。
自分の若かりし時代の若者一般と比べて今の若人諸君の方が総じて立派だとは全然思っていないのだけれど、ただ、自分が新入だった当時の、自分も含めた同僚たちと、今の彼らを比べれば、これはもう断然後者が立派なのは歴然であって、前者はまあ、箸にも棒にも、と云った感じである。これは何故かと云って、やはり有象無象の輩と選び抜かれた超エリート集団の違いではないかしらん。
さて、前掲の論語だけれど、むしろ後段のほうが、孔子のほんらい述べたかった思いだろう。その意はざっくりと、40代~50代くらいにもなって世間に名前が知られてないような人物などまったくお話しにもならんわ、と。これに前段を加えて、そんなような人物に限って、若者をひどく劣ったものとして罵倒したり侮ったりしているが、まあ、きっとそのうち、馬鹿にした若者にあっさり追い抜かれてしまうぞ。
しかしこれは、云われた年代に達したものにとっては、大変耳が痛い言葉である。自分は50代になって果たして周囲に名が知られるような人物になったのかどうか。そうなっていないのなら、今後の粉骨砕身は当然として、”後生畏るべし”は十分肝に銘じておかねばなるまい。
国民読書年にあたり
なんでも今年、2010年は、国民読書年だそうで、でもそんなの全然聞いてね! ってか。
けれどこれは、決して法螺や噂でもなんでもなくて、2008年の6月に、衆参両院全会一致で決定された事項であるとのこと。つまり国家の定めた重要な件だったわけだ。まあ、知らないけれども。
さて、前置きはそれくらいとして、本日号は読書の話しである。
現時点で我が家に何冊くらいの本があるのかは、もうさっぱり分からない。いまのハウスに越してくる前に、ざっくり数えて千数百冊はあったことは覚えているから、それよりは多いだろうけれどまあ、その後捨てることもあったり、そもそも多量の本を置く場所などないのだから、2千冊を超えることもあるまい。
それではいったい生まれてこのかた(この時点で50年)、何冊の本を読んできたのか。これはますます不明になるけれど、我が家に現存する本と、それ以前に我が家にあっていまは無い本を比較すると恐らく後者はそれほどの数でもないだろう。だからまあ、2千数百冊くらいと云うことにして、当たらずとも遠からずではないかしらん。
この量は、同年代の平均に比べると若干は多いような気がするけれど、文章に係わるような職にある人に比べれば全然少ないと云ってよいと思う(普通は万単位の蔵書だろう)、けれど読書は量でなく質だから。かな?
それで、ひとまずはその2千数百のうち、おそらくだけれども、約8割は、40歳になる前までに読んだものと思う。それとか、もっとも読書量の多かった年代は、25歳から35歳くらい。逆にもっとも少ないのは(少年時代は除く)、40~45歳とか。
振り返ってみれば、そんな若いころに読んだ本の何と輝かしかったことだろう。思うに、少年時代も含めて青年期に読んだ本は、内容の詳細を驚くほど鮮明に記憶していることが多い。内容と云うか、心に残る1節だろうか?
たとえばの話し、これは本と云うか、学校で習った古典の教科書だけれど、枕草子、徒然草、方丈記、奥の細道、そんな色々の冒頭部分は、40年近く経ったいまでも一言一句まで全部覚えていて、「冬はつとめて、雪のふりたるは云ふべきにもあらず、霜のいと白きもまたさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして炭もて渡るもいとつきづきし、昼になりてぬるくゆるびもてゆけば、火をけの火も白き灰がちになりてわろし」よし、完璧な丸暗記。ちょいとオタク的に枕草子も冬の章だけどね。
そんな風にして毎日沢山読んできた結構な数の本は、まだ青いとは云える若かりし日の小生に極めて非常に重要な心の滋養となった。もし仮にその滋養をまったく摂らなかったとすれば、いったいいま自分はどのような人物になっていたのだろう。むむむ、まあ、IFはどうでも良いや。
いま日本では人々の活字離れ、本離れがますます進行しているようである。情けないことである。せめて子どもには沢山の本を読ませたいとは思うけれど、ああ、じっさい我が子らはどうしたわけか、全然本を読まない人に育ってしまったし。
それで、国民読書年にあたり……、って、何をどうすれば良いのかしらん?
<補遺 あれから15年後>
国民読書年は、2010年の一度切りで終わったようである。結局のところ、この企画によって何がどうなったのか、あるいは変わったのか、さっぱり分からない。
また、あれから15年後の我が家に何冊くらいの本があるのかも、さっぱり分からない。
なになに? なにもかもさっぱり分からないではどうにもならないじゃないか。
いやいや、ご心配なく。分からないのは、上記の2点だけのことで、それ以外のことはとても良く分かっているさ。
(2025年4月記)