2007-01-01から1年間の記事一覧
どちらかというと牛よりも豚のほうが美味しいと思う。同じくらい鶏も美味しくて好きだ。でも最近は、牛や鶏が悪い病気になったりしていて、そういうのを食べるのは、なんとなく気味が悪くていけない。豚はまだ元気な様子だけれども、毎食が豚ばかりでは仕舞…
先日、あまりに天気が良いので、お散歩がてら、旧広島地方気象台(いまは「広島市江波山気象館」)のある江波山公園に足を運んでみた。 お散歩がてらと云うくらいだから、比較的家の近所に件の公園はあるわけだけれども、じつは小生、生まれてこのかた一度も…
お昼御飯に定食をたのんだら、小鉢を選べるようになっていて、それで小考の結果、牛蒡のきんぴら風(風と云ったのは、普通きんぴらは唐辛子だろうけれど、それがなかったから)を採用することにした。 卓について、さっそく小鉢を御飯にまぶし、今度はおかず…
前作の「文芸エッセイ」は、二〇〇〇年八月ころの執筆だから、その後五年の月日が経ったことになる。当然その間に読み終えた書籍もある程度増加したわけで、この際と「文芸エッセイシリーズ第二集」を編纂してみることにした。 前回作は、書籍の紹介に終始し…
以前の稿で”あんか”について少し触れたことがある。すなわち「”あんか”ね。なにげなく漢字変換しようとしたのだけれど、それらしいものは出ないじゃないか。試しにもう少し高度の辞書を用いてみれば、”行火”、はあ、そうなのね。ちなみに辞書の説明には、”木…
1.雪の朝 昨日から荒れ模様の天候で、夜には雨が冷たいみぞれに変はつてゐた。もしやと思つたが、やはり今朝は積雪になつた。三月末の雪。平野部でも五十センチメートルくらひは積もつたらうか。山間から下りてきたらしい自動車は、卸し立ての婚礼布団をみ…
後顧の憂いと云う言葉がある。けだし人の置かれた状況によってこの言葉のもつ重みは様々である。 ぬるま湯の現代では後顧もそれほど深刻にはなり得ないかもしれないが、かつて軍人などは、家族とみずさかずきを交わし、後顧の憂いを完全に断ち切った上で戦場…
< 序 > 私小説の定義なるものを引いてみると、たいていは”自己の内面を描いて云々”とあって、まあ、私小説と純文学は等しいか否かなどの議論はまた余所でやっていただけば良いのだけれど、やはり文学と人間の内面は等しくつながっているのでなければ、お話…
近代までの科学分野では、あっと驚くような、それこそ天地がひっくり返るごとき大発見が続出したものだったけれど、さすがに現代において、その手の発見はもうあまり期待できないだろう。 病気を治す薬剤もそのようなもので、たとえば英国の細菌学者アレクサ…