コラム
後顧の憂いと云う言葉がある。けだし人の置かれた状況によってこの言葉のもつ重みは様々である。 ぬるま湯の現代では後顧もそれほど深刻にはなり得ないかもしれないが、かつて軍人などは、家族とみずさかずきを交わし、後顧の憂いを完全に断ち切った上で戦場…
< 序 > 私小説の定義なるものを引いてみると、たいていは”自己の内面を描いて云々”とあって、まあ、私小説と純文学は等しいか否かなどの議論はまた余所でやっていただけば良いのだけれど、やはり文学と人間の内面は等しくつながっているのでなければ、お話…
近代までの科学分野では、あっと驚くような、それこそ天地がひっくり返るごとき大発見が続出したものだったけれど、さすがに現代において、その手の発見はもうあまり期待できないだろう。 病気を治す薬剤もそのようなもので、たとえば英国の細菌学者アレクサ…
注:この記事は2006年12月の脱稿なので、今(2025年)から20年ほど前の状況が記されている。とは云え、じつは食を取り巻く世間の状況はあのころと何も変わってはいないのだな、と(2025年5月補記) 食育と云う言葉を最近よく耳にする。 はて? そのような単…
大昔の(たとえば昭和初期ころでも良いのだけれど)写真を見ていると、そこに写っている子どもらは皆、あまり可愛らしくないことに気付く。女の子は押し並べて変てこな帽子を被ったようなおかっぱ頭で、なにか本物の河童をみたような風だし、男の子と云えば…
別にお金持ちでなくてもかまわないさ、いや、むしろそんなものにならなくて良かった、すーっとするわ、まったく誰が金持ちになどなってやるものか
※注:本稿は2005年9月の脱稿 まえがき 中東和平前進へ向けた歴史的決断と評された、ガザ地区の入植地撤退は、最終的に入植者の強制退去と云う手段がとられたりもしたが、それでも当初危惧されたような大きな混乱もなく終了したようである。ただ、その後…
人とは評価されまた評価をする生き物なのだとつくづく思う。特に現代にあっては、評価の種別も内容もますます膨大多岐複雑になり、そう云うことに縛られて生きなければならぬ人生を時に息が詰まりそうだなと感じることも多い。「別にオタクらから評価などさ…
ほんとうの「善・悪」とは、あるいはほんとうに「正しいこと・間違ったこと」とは? そんなことを時折り考えたりする。けれどいつも結論として思ってしまうのは、ほんとうのことなど存在しない、あるのは相対的基準による判断のみなのだと云うこと。 例えば…