事実は小説よりも
世の中は色々な偶然が複雑に交錯しながら進んでいくものなのやねえ、と思う一方で、そりゃ世の中じゃない、自分の周囲だけに存在する奇妙な流れがあって、それがあれこれ変てこな偶然を引き起こしておるのではないかしらん、などと思わなくもない。
先週、伊坂幸太郎さんの小説「砂漠」(新潮文庫)を買って、一昨日の夜遅くに全部を読み終えた。小説の内容は「同じ大学で出会った5人の男女が繰り広げる青春物語」と云う説明で良いだろう。
それで、彼らは卒業までの4年間に様々な体験をするのだけれど、最大の出来事は、5人の中でもっとも快活なムードメーカー的存在である”鳥井青年”が、あるトラブルに巻き込まれ、結果、片腕切断の憂き目に遭うと云う事件。
鳥井青年はその後暫くのあいだ自暴自棄に陥ってしまうのだけれど、仲間に支えれらながらやがてもとの快活さを取り戻し、さらに人間としても大きく成長し……と云った展開で。
まっ、そのあたりの詳細は今日の本題とずれるから、ひとまずとして。
小説を読み終えた翌日、つまり昨日だけれど、会社帰りの電車内で、目の前に立っていた青年にふと目をやれば、なんとまあ、青年の片腕は、なかった!
当然ながら昨夜読み終えたばかりの小説で出会っている鳥井青年と目の前の青年の姿とが、めちゃめちゃに重なって目が眩みそうになった。むむむ。
この手の体験をうっかり、訳知りの人に話したりすると、必ず確率論とかもちだしてきて「そりゃあですね、オタク? 偶然の一致なんて全部数学で説明できるんですよ」など云われるに決まっていて、こちらも「はあそうなんですかねえ」と妙に納得してしまうのがオチだろう。
ただ、上の件にはまだ続きがあって、
昨晩、夕食の後片しを済ませて居間に戻ると、TVで「ベストハウス123」と云う番組をやっておった。でまあなんと、本日のプレゼンは「生まれつき片腕がないと云うハンディを負いながら非常な努力によってヴァイオリンを奏でられるようになった少女」ですと。
番組中ではその少女がじっさいスタジオに登場し、義手をつけた右腕で弓を見事に操りながら素晴らしいヴァイオリン演奏を披露してくださって。むむむ。
結局わずか二日間のあいだに(と云うか24時間以内だ)、小説と、実物と、TV映像と、形態は三様だけれども三人の片腕の人(言葉がよろしくないけれども)に、しかもまったく意図せず出会ったわけで、でもこの偶然って数学で説明できるのかしらん? と。
もしやこの世に神が存在し、これら偶然は神の采配によるものであったとすれば、いったいその神は、すでにしょぼくれ果てた爺に何を啓示なされようとしておられるのか。むむむ、まっ、そこまで小難しく考えることもないけれど。